日本の(たから)を守った(はぎ)出身の財界(ざいかい)のリーダー

藤田 伝三郎

ふじた でんざぶろう

萩博物館 提供

明治(めいじ)時代の実業家

1841(天保(てんぽう)12)年〜1912(明治45)年

 1841(天保12)年、萩で酒造業(しゅぞうぎょう)(いとな)む家に生まれました。明治維新(いしん)後、大阪に出て、当時輸入品(ゆにゅうひん)だった軍用(ぐんよう)(くつ)の製造などを()()った後、兄2人と土木建設(どぼくけんせつ)などを行う「藤田組」を設立します。藤田組は大津-京都間の鉄道工事を手掛(てが)け、当時日本一の長さの「逢坂山(おうさかやま)トンネル」の(なん)工事も日本人だけで成し()げました。ほかにも日本人だけの手による「琵琶湖疏水(びわこそすい)」工事や、全国各地の鉱山経営(こうざんけいえい)、現在日本を代表する多くの大企業(きぎょう)の設立に(かか)わり、財界のリーダーとして活躍(かつやく)しました。

 伝三郎は、仏教美術や茶道具などの古美術品(こびじゅつひん)の海外流出を(ふせ)ごうと、その収集(しゅうしゅう)も行いました。それらを(おさ)めた大阪本邸(ほんてい)(くら)現在(げんざい)「藤田美術館」として、国宝(こくほう)茶碗(ちゃわん)など、貴重(きちょう)な日本の宝を守り続けています。また、伝三郎はふるさと萩へ多額(たがく)寄付(きふ)を行い、(まん)71(さい)()くなるまで、ふるさとを大切にし続けました。

藤田伝三郎クイズ

問題1

明治時代の実業家藤田伝三郎が取り組んだ事業には、「逢坂山トンネル」工事、「琵琶湖疏 水」工事のほかに何がありますか。
A
古美術品収集
B
電気会社設立
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参考資料

  • 藤田伝三郎の雄渾なる生涯(砂川幸雄 著)草思社
  • Vol㉝ 日本の近代を拓いた萩の産業人脈 -起業家たちの情熱と挑戦-(樋口尚樹 著)萩ものがたり

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