日本の民間航空界の草分け

坂本 壽一

さかもと じゅいち

坂本家 蔵

明治・大正・昭和時代の民間飛行家・実業家

1890(明治23)年〜1976(昭和51)年

 1890(明治23)年、柳井市日積に生まれました。室積にあった県立工業学校で学ぶ中で自動車のエンジンに興味を持ち、卒業後、渡米。ロサンゼルス・ナショナル工業カレッジ自動車科に学び、卒業するとフォード自動車工場で働き始めます。やがて飛行機に関心を持つようになり、30馬力の発動機付き単葉機を自作。パイロット免許も取得します。
 1914(大正3)年に帰国すると全国各地で公開飛行を行ったほか、自作の80馬力の坂本式飛行機を操縦して日本初の飛行競技大会の滞空時間競技の部で優勝します。1916(大正5)年、大阪飛行機製作所を創立。その後、飛行機、モーターボート、ディーゼルエンジンを製作・研究する坂本モーターオークスの創立など、幾つもの会社を立ち上げます。
 終戦後も公害問題に取り組むメカニック社を設立するなど常にパイオニア精神で挑み続け、1976(昭和51)年、満86歳で亡くなりました。

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