相次ぐ難局を優れた人材登用で乗り切った幕末の藩主

毛利 敬親

もうり たかちか

山口県立山口博物館 蔵

萩藩(山口藩)藩主

1819(文政2)年〜1871(明治4)年

 1819(文政2)年、萩藩の江戸麻布邸で生まれました。萩藩の藩主となると、村田清風を抜擢して藩政を改革し、富国強兵を進め、藩校明倫館を移転・拡張して教育を充実させます。

 萩藩は尊王攘夷派の雄藩となり、1863(文久3)年、関門海峡で攘夷を決行。しかし、朝廷の態度が急変し、萩藩は京都から追放されます。再起を図ろうと1864(元治元)年京都で禁門の変を起こしますが敗退。幕府から征長令が出され、苦境に陥り、家老を処罰して幕府に恭順します。

 それに対して高杉晋作ら倒幕派が挙兵して藩の主導権を奪い、1865(慶応元)年第2次長州征討で幕府軍に勝利。敬親は相次ぐ難局を優れた人材登用で乗り切り、倒幕へ大きな役割を果たしました。1869(明治2)年に隠居。2年後、満52歳で亡くなりました。

「山口県の先人学習コーナー」施設内の参考資料

  • 幕末の英君 毛利敬親(毛利博物館 編)毛利博物館
  • きらり山口人物伝 Vol.5 夢チャレンジ(夢チャレンジ出版事業刊行委員会 制作)山口県ひとづくり財団
  • 九州長州文化図録撰書弟九号 長州維新の道 下巻 萩往還 維新を成した政治と教育(遠藤順子 発行  遠藤薫 編)図書出版のぶ工房

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