明治西洋建築(めいじせいようけんちく)の最高傑作(けっさく)迎賓館(げいひんかん)」の設計者(せっけいしゃ)

片山 東熊

かたやま とうくま

日本建築学会 建築雑誌 第三一輯 1917年より

明治・大正時代の宮廷(きゅうてい)建築家

1854(安政(あんせい)元)年〜1917(大正6)年

 1854(安政元)年に(はぎ)に住む萩藩士・片山家に生まれました。1867(慶応(けいおう)3)年、奇兵隊(きへいたい)に入隊し、戊辰戦争(ぼしんせんそう)(たたか)います。明治維新(いしん)後、横浜(よこはま)英学(えいがく)を学びます。1873(明治6)年、工部寮(こうぶりょう)(現 東大工学部)造家学科に入学してイギリス人の建築家ジョサイア・コンドルに師事(しじ)し、6年後、第1期生として辰野金吾(たつのきんご)らと(とも)卒業(そつぎょう)工部省(こうぶしょう)技師(ぎし)となり、建築などの調査(ちょうさ)のため欧州(おうしゅう)(わた)り、本場の宮廷建築を目の当たりにします。

 1886(明治19)年、宮内省(くないしょう)に転じ、宮廷建築家として多くの皇室(こうしつ)関係(かんけい)施設(しせつ)などを設計していきます。代表作は奈良国立(ならこくりつ)博物館(はくぶつかん)京都(きょうと)国立博物館、東京国立博物館表慶館(ひょうけいかん)など(いずれも国指定重要(じゅうよう)文化財(ぶんかざい))。中でも最高傑作が国宝に指定されている迎賓館赤坂離宮(あかさかりきゅう)です。これは元々、皇太子の東宮御所として造営された宮殿で、東熊が総監督(そうかんとく)となって約10年をかけて完成(かんせい)させたものです。ネオ・バロック様式などで絢爛豪華(けんらんごうか)(いろど)られた宮殿は明治西洋建築の最高傑作とうたわれ、現在、迎賓館として外国の賓客をもてなしています。東熊は1917(大正6)年、(まん)62(さい)()くなりました。

片山東熊クイズ

問題1

宮廷建築家(きゅうていけんちくか)として活躍(かつやく)した片山東熊(かたやまとうくま)最高傑作(さいこうけっさく)で、国宝指定(こくほうしてい)建物(たてもの)は何ですか。
A
迎賓館(げいひんかん)赤坂離宮(あかさかりきゅう)
B
国会議事堂(こっかいぎじどう)
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